医師・医療従事者・医療機関の方々に対する法律事務所からの情報発信です。赤井・岡田法律事務所HP: http://www.akai-okadalaw.com


by 弁護士 赤井勝治
 転医、転送又は転院に関する義務の意義
 事案によって、医師の先生方が負う義務の内容は異なり、転医等を勧告、指示すれば足りるケースから、救急車を手配する等して転医先に患者を実際に搬送すべき義務を負うケースまで様々です。

 まずは、転医勧告義務と呼ばれるものがあります。
 当該医療機関での診察・治療継続と他の医療機関での診察・治療(転医・転送)との2つの選択肢があり、そのどちらにも医学的合理性がある場合には、医師は患者に対し、この2つの選択肢を提示・説明する義務を負い、患者自らの選択・決定に委ねる必要があります。このように転医勧告義務は、説明義務の一形態と捉えることのできるものです。

 また、この転医勧告義務とは別に、転医・転送義務と呼ばれるものがあります。
 もはや当該医療機関では手に負えない(当該医師に期待されている知識・技量や当該医療機関の施設では診断・治療ができない)患者であると判断した場合、医師は、患者を適切な医療機関に転送する義務を負います。医師は患者に対し、症状に見合った適切な医療を提供しなければならないので、転医・転送義務は当然に診療契約の内容になっていると考えられます。

 最高裁判所も、いわゆる未熟児網膜症の事案(平成7年6月9日判決・判例時報1537号3頁)において、「医療機関にはそれぞれ求められる医療水準があり、医師らがその医療水準に見合った知識を持たないために適切な治療を施せなかったり、その治療法の実施可能な医療機関に転医させるなどの適切な措置を採らなかったために患者に損害を与えた場合には、医療機関が責任を負わなければならない。当該医療機関が予算上の制約などの事情によりその実施のための技術・設備などを有しない場合には、これを有するほかの医療機関に転医させるなど適切な措置を採るべき義務がある」と判示して、転医・転送義務を認めています。

  赤井・岡田法律事務所
京都市中京区新椹木町通竹屋町上る西革堂町184番地
                  オクムラビル2階
        TEL(075)257-6033
        FAX(075)212-3670
執筆責任者 弁護士 赤井勝治(京都弁護士会所属)
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# by motomame | 2014-05-23 10:31

医師の裁量(3)

 「医師の裁量」が問題となる具体的場面
  「医師の裁量」は、医師の医療行為全般について問題となりうるのですが、これまでに具体的に問題となっている場面としては、診断、治療方法の選択、治療措置の範囲・時期、患者への説明方法、告知、新療法の採否などがあります。

 また、近時、新療法の採否と「医師の裁量」が新しい問題となっています。新療法や試行的な治療行為を選択した場合における「医師の裁量」については、治療方法としての効用、危険性などが既に判明している通常の治療方法と同列に論じることはできません。学説においては、概ね医師の裁量を認めつつも、患者の意思決定がより重要であり、他の手段との比較考慮は厳格に行われるべきとされています。

 この点については、札幌地裁昭和53年9月29日判決があります(判例タイムズ368号132頁)。これは、精神症状に対する治療として、評価が定着していなかったロボトミー手術(前頭葉に侵襲を加える手術)を行った事案ですが、裁判所は、「適応性の選択に慎重を期し、かつ、他の療法を十分試みたうえで最後の手段として用いることという制約が存し」、「とりわけロボトミーのように手術がその適応性ないしは必要性において医学上の見解が分かれており、また、重大な副作用を伴うものである場合には手術を受けるか否かについての患者の意思が一層尊重されなければならない。」と判示しています。

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# by motomame | 2014-05-15 09:00

医師の裁量(2)

 「医師の裁量」の限界
  ただし、「医師の裁量」も全くの自由裁量ではなく、①「医療水準」による制約、②比較考量に依拠した診療上の合目的的判断の必要性による制約、③患者の自己決定権による制約を受けるものとされています。

  まず、「医療水準」による制約ですが、この制約を前提としてる判例として、最高裁昭和54年11月13日判決があります(「医療水準」そのものについては、また別の機会に取り上げさせていただきます)。
 これは、呼吸障害が認められた未熟児に対して、医師が酸素投与を行った結果、未熟児網膜症を発症し失明した事案でした。判決では、「…(医師の患者に対する)予防ないし治療の方法は、当時における本症に関する学術上の見解や臨床上の知見として一般に受容されていたところに従って行われたものであって当時の医学水準に適合したものというべきであり、その間特に異常ないし不相当と思われる措置が採られたとは認められないのであるから、小児科医としての裁量の範囲を超えた不相当なものであったということはできない」と判示しました。
 また、「医師の裁量」が「医療水準」によって制約されることを明確に述べた裁判例として、札幌地裁平成10年3月13日判決(判例時報1674号115頁)があります。この裁判例では、肝臓腫瘍が悪性腫瘍の疑いと判断した際の検査方法について、「(医師の)裁量も診断当時のいわゆる臨床医学の実践における医学水準によって画されているものといわねばならない」と明確に判示しています。

  次に、比較考量に依拠した診療上の合目的的判断の必要性による制約です。これは言い回しこそ難解ですが、当たり前のことを述べているに過ぎません。すなわち、医師は、複数の診療方法や治療方法がある場合には、これらを比較考慮し、最も適切と考えられる手段を選択しなければならず、その前提として患者に関する情報や診療方法・治療方法に関する医学的情報を十分に取得していなければなりません。したがって、これらを怠った場合には、「医師の裁量」を理由として、医師側の責任は排除されないことになります。
 この点については、悪性腫瘍の疑いがあったので放射線治療を開始したところ、後に検査によって悪性腫瘍でないという結果が出たにもかかわらず、漫然と放射線治療を継続したことにつき過失が認められた例や、患者の症状から複数の疾病が想定される場合に、蓋然性の低い重大疾病の確定診断のための検査を怠ったことにつき過失が認められた例などがあります。

  最後に、患者の自己決定権による制約です。
  その典型例としては、前々回の「医師の説明義務」で取り上げた最高裁平成12年2月29日判決(「エホバの証人」患者への輸血事件)があります。この事件では、肝臓腫瘍の摘出手術を行うにあたり、医師が、輸血拒否の固い信念を有しているエホバの証人の信者である患者に対し、他に救命手段がない場合には輸血するという治療方針について説明すべき義務があったとされました。また、これに直接言及したものとしては、高松地裁平成9年3月11日判決(判例時報1657号110頁)が、患者の適法な承諾に基づかずに行われる医療行為においては、「その実施方法に関する医師の裁量は自ずから狭いものになると解すべき」と判示しています。この判決の事案は、血管造影検査を実施したところ、その翌日患者が心停止、呼吸停止に陥ったという事案です。頸部腫瘤の摘出手術を前提として術前診断の目的で実施した当該検査について、本来腫瘤の良性・悪性の鑑別には意義がないにもかかわらず、医師が患者に対し、その鑑別のためと誤解させるような説明をしたため、患者の当該検査を受ける旨の承諾は適法な承諾とは言えないと認定されました。そして、そのような場合の当該検査の実施については通常の場合よりも注意義務の程度が高度になるとして、その実施方法選択の過失などが認定されています。

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執筆責任者 弁護士 赤井勝治(京都弁護士会所属)
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# by motomame | 2014-05-08 09:00

医師の裁量(1)

 「医師の裁量」の概念
  医師の判断は、高度に専門的な判断であるうえに、ケースによっては瞬時の判断が要求されます。
  それ故、医師側の責任を排除する理由として「医師の裁量」という概念が用いられることがあります。

 
  この「医師の裁量」という概念については、必ずしもその内容は確定していません。
  ただし、裁判例や有力学説では、概ね次のように捉えられています。
  ①医師が現在の医療の水準、すなわち診療時において一般的に是認された医学上の原則に準拠した合理的判断に基づいて診断し、あるいは、治療目的を実現するため、処置と危険等について医学上の原則に準拠した十分な考慮に基づく判断に従い、適正とみられる治療を行った場合であり、②具体的状況下において、医学上の原則から著しく逸脱、ないしは原則に照らして合理性に欠けるところがなく、③患者の自己決定権を侵害するものでない、との各要件を充たす場合には、「医師の裁量」の範囲内のものとして、医師に対して注意義務違反を問えないとされます。

  この点に関し、大阪地裁昭和39年2月3日判決(判例時報369号33頁)では、 「医師の治療は、その性質上、相当高度な専門知識と技術を必要とするので、その反面において患者に対する診断並びに治療方法について、各医師間で、微妙な見解の相違を生ずることは避け得ないところと認められ、また、医師に、患者の治療について多少自由裁量の余地を認めなければ、時宜を得た適切な処置を期待し得ないものと解すべきである。」として、「医師の裁量」について言及しています。

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# by motomame | 2014-05-01 09:00
 前回の控訴審の話の続きです。

 控訴審では、X病院の担当医(前医)とY病院の担当医(後医)の責任関係について、次のような一般的な準則が示されました。
(1)本件のAさんの場合のように、ある医療機関で診療を受けていた患者が、より高次の医療機関に移送されるということも少なくないが、その場合は、それを境に、患者は前医から後医の保護管理下に移ることになるのであって、これにより、前医は患者に対する責任から解放される。したがって、仮に、前医に誤診など何らかの過失があったとしても、原則として、後医への移送を機に前医の過失は不問に付され、患者に対して責任を負うのはもっぱら後医であるということになる。
(2)もっとも、患者が後医に移送された後も、前医の過失がなお影響を及ぼしているという場合もないわけではない。例えば、①前医の過失のために、既に手遅れとなり、後医としてはもはや手の施しようがない場合などは、もっぱら前医の過失のみが問われることになるのは当然である。また、②前医の過失が後医の過失の原因ないし誘因となっている場合には、双方の過失がともに問われることになるものというべきである。

 結局、本件は(2)の②に該当するとされ、控訴審はX・Y病院双方の責任を認めました。
 まず、X病院の担当医(前医)の過失(責任)については、肥満および右膝異物除去手術という肺塞栓症の素因を有していたAさんについて、肺塞栓症の疑いをもつべきであったとしました。そして、「肺塞栓症の疑いをもった医師としては、①肺塞栓症罹患の有無について確定診断をするべく、心エコー検査や肺動脈造影又は肺換気・肺血流スキャンの各検査を実施するか、②上記確定診断ないし所要の治療を得るべく、しかるべき高次医療機関に患者を移送するかしなければならないというべきである。そして、②の措置を講ずるに当たっては、高次医療機関をして①の諸検査に円滑にとりかからしめ、もって、適時適切な診断・治療を可能にするために、少なくとも、肺塞栓症に罹患しているのではないかとの疑いを持っていることを高次医療機関に対して申し送るべきである。」と判示し、肺塞栓症の疑いをもたず、それを前提とする申し送りもしなかった前医の注意義務違反(過失)を認めました。
 また、Y病院の担当医(後医)の過失(責任)については、肺塞栓症の疑いの存在を前提としない申し送りをされていたことなど「無理からぬ側面」があったとしつつも、X病院から提供されていた情報は肺塞栓症と矛盾する内容のものでなく、Y病院の担当医(後医)も、その誘因をされる事情(肥満や右膝異物除去手術)を含めそれを把握していたこと、Aさんの訴えやそれを受けて実施された検査結果が肺塞栓症と矛盾する内容のものではなかったことから、その時点で肺塞栓症を疑い、上記①の措置をとるべきであったとして、肺塞栓症を鑑別対象に入れた措置をとらなかった後医の注意義務違反(過失)を認めました。

 控訴審の示したこの準則については批判的な論評もあり、また、この裁判例をある研究会で検討した際には、医療訴訟に詳しい弁護士や現役の医師から、結論の妥当性について、特に後医の責任を認めた点について懐疑的な意見も出ました。
 今後、同種の事件について他の裁判所がこの準則に依拠して判断するか否かは定かではありませんが、少なくとも過去の裁判例の一つとして取り上げられるものと思われます。

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